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東京地方裁判所 平成5年(ワ)17823号 判決 1995年12月26日

原告 金子總男

近藤光江

依田昌代

金子和敬

右四名訴訟代理人弁護士 内藤政信

高見澤重昭

被告 株式会社東海銀行

右代表者代表取締役 山中禎夫

右訴訟代理人弁護士 松尾翼

小杉丈夫

内藤正明

志賀剛一

森島庸介

澤田和也

松野豊

被告 千代田生命保険相互会社

右代表者代表取締役 神崎安太郎

右訴訟代理人弁護士 岸上茂

被告 第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役 櫻井孝頴

右訴訟代理人弁護士 山近道宣

矢作健太郎

内田智

中村敏夫

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一請求

一  原告金子總男の請求

1  主位的請求

(一) 被告株式会社東海銀行及び被告千代田生命保険相互会社は原告金子總男に対し、各自金八二九一万七三九六円及びこれに対する被告株式会社東海銀行については平成五年一〇月一五日から、被告千代田生命保険相互会社については平成五年一〇月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被告株式会社東海銀行及び被告第一生命保険相互会社は原告金子總男に対し、各自金八二八八万六一五一円及びこれに対する被告株式会社東海銀行については平成五年一〇月一五日から、被告第一生命保険相互会社については平成五年一〇月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

(一) 被告株式会社東海銀行・原告金子總男間の平成二年三月三〇日の消費貸借契約に基づく被告株式会社東海銀行に対する金二億二一八五万八八三円の債務の存在しないことを確認する。

(二) 被告千代田生命保険相互会社は原告金子總男に対し、金八二九一万七三九六円及びこれに対する平成五年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 被告第一生命保険相互会社は原告金子總男に対し、金八二八八万六一五一円及びこれに対する平成五年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告近藤光江、原告依田昌代、原告金子和敬の請求

被告株式会社東海銀行と原告近藤光江、原告依田昌代及び原告金子和敬との間の平成二年三月三〇日の各連帯保証契約に基づく被告株式会社東海銀行に対する各自金二億二一八五万八八三円の債務の存在しないことを確認する。

第二事案の概要

一1  本件は、原告らが、原告金子總男(以下「原告總男」という。)が、自己の相続税節税対策として、被告千代田生命保険相互会社(以下「被告千代田生命」という。)及び被告第一生命保険相互会社(以下「被告第一生命」という。)との間に変額保険契約をそれぞれ締結する(後記「本件各変額保険契約」)とともに、被告株式会社東海銀行(以下「被告東海銀行」という。)との間に金銭消費貸借契約(後記「本件貸金契約」、後記「本件各契約」)を締結して、本件各変額保険契約に基づく保険料全額を本件貸金契約による借入金で支払ったところ、変額保険の実績は株式・公社債等による運用の結果であるため、本来的に変動するものであり、変額保険の変動保険金若しくは解約返戻金は右運用実績の変動に応じて変動する性質のものであるのに、被告らの従業員が原告總男に対して、変額保険の右性質を十分に説明せず、本件各変額保険契約による運用実績が本件貸金契約の利率を上回って最低年九パーセントの利回りが保証されている等と説明し、原告總男もその旨信じていたところ、実際には本件各変額保険契約の被告第一生命及び被告千代田生命における運用実績の利回りがマイナスになったり、本件貸金契約の利率を下回ったため、原告總男に本件各契約を締結したことによる損害を生じたとして、原告總男が主位的には被告らに対する変額保険の運用及び本件各契約を締結する効果等についての説明義務違反による不法行為に基づく賠償を、予備的には被告らが原告總男を変額保険の運用及び本件各契約を締結する経済効果に関して誤解させて本件各契約を締結させたとして、詐欺による取消、錯誤無効、契約締結上の過失による解除を主張して、本件貸金契約に基づく貸金債務の不存在の確認及び本件各変額保険契約に基づく保険料の不当利得返還若しくは原状回復を請求し、その余の原告らは、原告總男の本件貸金契約に基づく貸金債務についてそれぞれ連帯保証契約を締結したものの、右各契約は詐欺による取消、錯誤無効、契約締結上の過失による解除により無効であるとして、これに基づく連帯保証債務の不存在の確認を求めた事案である。

2  争いのない事実等

(一)(1)① 原告金子總男は、後記本件各契約を締結した者であり、原告近藤光江(以下「原告近藤」という。)、原告依田昌代(以下「原告依田」という。)、原告金子和敬(以下「原告和敬」という。)は、原告總男の子である。

② 被告株式会社東海銀行は、原告總男に対して、本件各変額保険契約の保険料を融資した銀行であり、被告千代田生命及び被告第一生命は、本件各変額保険契約の保険者である。

(2)① 原告總男と被告東海銀行は、平成元年四月五日、銀行取引約定書(≪証拠省略≫)より、両者の間の取引関係についての基本的取り決めを行うとともに、右同日、右銀行取引約定書に基づき、被告東海銀行が原告總男に対して金三億三八〇〇万円を、借入期間を三〇年、利息年五パーセント、遅延損害金年一四パーセントとする約定の下で貸し付けた(≪証拠省略≫)。

② 原告近藤、原告依田、原告和敬は、被告東海銀行との間において、平成元年四月五日、原告總男の右銀行取引約定書に基づく一切の債務につき極度額金三億三八〇〇万円の範囲で原告總男に連帯して保証する旨の契約(≪証拠省略≫)を締結した(以下「本件各連帯保証契約」という。)。

③ 原告總男と被告東海銀行との間の平成元年四月五日締結の前記貸金契約は、原告總男が東京都杉並区西荻南三丁目一八八番地四他の土地上に原告總男所有のマンション(以下これらの土地及びマンションを「本件不動産」という。)を建築する資金であった株式会社三菱銀行からの借入金債務について肩代わりを受ける目的で締結されたものであり、原告總男と被告東海銀行は、原告總男が被告東海銀行から右貸金契約による融資を受け、右融資の担保として原告總男所有の不動産に平成元年四月五日、抵当権を設定したことにより、その間の取引を開始した。

(3) 原告總男は平成二年二月ころ、相続税対策を種々考慮中であり、被告東海銀行西荻窪支店の佐藤久人支店長代理(以下「佐藤」という。)に対して、被告東海銀行が原告和敬に対して原告總男の相続税納税資金を貸し付けることができるか否か打診した。これに対して、佐藤は右貸付が将来の問題であるため原告總男の右申込みには応じられないと述べた。

(4) 原告總男と佐藤は、平成二年二月ころから、相続税対策として変額保険に加入すること及び変額保険に加入するための保険料を一括して被告東海銀行から借り入れることの可否について協議した。

(5) 平成二年二月初旬、佐藤は原告總男に対して、被告千代田生命の保険勧誘員として被告千代田生命京橋法人支社第一集団営業所の営業職員である飯田多佳子(以下「飯田」という。)を紹介し、飯田は佐藤同席の下、原告總男に対して変額保険一般及び後記本件第一変額保険契約に関して説明し、この際、本件第一変額保険契約についての身体検査の日を同月二七日と定めた。

(6) 佐藤は原告總男及び原告和敬に対して、平成二年三月ころ、被告第一生命の保険勧誘員として被告第一生命武蔵野支社吉祥寺支部上級特別営業主任である下小瀬博(以下「下小瀬」という。)を紹介し、本件第二変額保険契約について説明させた上、原告總男に対して、同月一九日、下小瀬は佐藤同席の下、原告總男に対して、変額保険一般及び後記の本件第二変額保険契約に関して説明した。

(二)(1) 被告東海銀行は原告總男に対して、平成二年三月三〇日、前記銀行取引約定書に基づき、左の約定の当座貸越契約(≪証拠省略≫)を締結した(以下「本件当座貸越契約」という。)。

① 極度額 金七億円

② 金利 基準日現在の銀行の長期プライムレートを基準金利とし、基準金利に変動があった場合、基準日(毎年三月若しくは九月の第一営業日)の属する月の翌月第一営業日に基準幅相当分引き下げ、又は引上げるものとする。ただし、各基準日以降、月初第一営業日現在の長期プライムレートと基準金利との差が〇・五パーセント以上となった場合には基準金利も同幅変動するものとし、利率は翌月第一営業日に基準金利の変動幅相当分引き下げ、又は引き上げるものとする。なお、金融情勢の変化その他相当の事由が生じた場合、被告東海銀行は利率及び遅延損害金の割合を一般に行われる程度のものに変更できる。右約定により、当初の利率は年七・四パーセント(長期プライムレートマイナス〇・一パーセント)とする。

③ 貸越利息支払日 毎月一〇日

(2) 原告總男は被告東海銀行に対し、右同日、被告東海銀行が原告總男に対して有する銀行取引による一切の債権及び手形上、小切手上の債権を担保するために、原告總男所有の本件不動産について、極度額金七億円の約定の下、根抵当権設定契約を締結し、右契約に基づく根抵当権設定登記(≪証拠省略≫)を経由した。

(3) 原告近藤、原告依田、原告和敬は被告東海銀行との間において、右同日、本件各連帯保証契約につき、保証極度額を金七億円と増額変更する旨合意(≪証拠省略≫)した。

(4) 被告東海銀行は、原告總男に対し、右本件当座貸越契約に基づき、

① 平成二年三月三〇日、金二億一三六六万三〇〇〇円を、

② 右同日、金二億九七七万六〇二六円を、それぞれ貸し付けた他、更に、右各貸付けに基づく利息金を貸し付ける旨合意した(以下「本件貸金契約」という。)。

(三)(1) 原告總男は平成二年二月二七日、被告千代田生命の健康審査を受ける(≪証拠省略≫)とともに、同日左の内容の生命保険契約の締結を申し込み(≪証拠省略≫)、その後同年三月三〇日、原告總男より再告知を受けて(≪証拠省略≫)、同日、後記の保険料として金二億一三三六万三〇〇〇円を支払って、平成二年四月一日、左の生命保険契約を締結した(以下「本件第一変額保険契約」という。)。

①保険の種類  変額保険(終身型)

商品名キャピタルリッチ

② 契約者        原告總男

③ 被保険者       原告總男

④ 死亡保険金受取人   原告和敬

⑤ 高度障害保険金受取人 原告總男

⑥ 死亡保険金額 運用実績に応じた保険金額(但し金三億円は最低保証する。)

⑦ 高度障害保険金額   右に同じ

⑧ 保険料 金二億一三六六万三〇〇〇円

⑨ 保険証券番号 八五二組一〇七一三五番

(2) 原告和敬は平成二年三月一五日、被告第一生命の健康審査を受け(≪証拠省略≫)、原告總男が同月一九日、被告第一生命に対して、左の内容の生命保険契約の締結を申し込み(≪証拠省略≫)、同月三〇日、後記の保険料として金二億九七七万六〇二六円を支払って、同年四月一日、左の生命保険契約を締結した(以下「本件第二変額保険契約」という。)。

① 保険の種類 変額保険(有期型)

商品名 プロシードE

② 契約者        原告總男

③ 被保険者       原告和敬

④ 死亡保険金受取人   原告總男

⑤ 高度障害保険金受取人 原告總男

⑥ 満期保険金受取人   原告總男

⑦ 死亡保険金額 運用実績に応じた保険金額(但し金三億円を最低保証する。)

⑧ 高度障害保険金額   右に同じ

⑨ 満期保険金額 運用実績に応じた保険金額(最低保証なし)

⑩ 保険期間       一〇年間

⑪ 保険料 年払保険料年額金七四〇二万五〇〇〇円。三年払済一〇年満期(保険期間は一〇年間であるが、保険料の払込みは三年間で終了するという意味である。)二年分前納前納二年分保険料金一億三五七六万一八五〇円、合計金二億九七八万六八五〇円

⑫ 保険証券番号 九〇〇四組第〇五七六九〇号

(以下右の各変額保険契約を一括して「本件各変額保険契約」という。)

(四)(1) 被告東海銀行は原告總男に対して、前記本件当座貸越契約に基づき、平成二年四月一三日、金一億四七四万五三七五円を貸し付けた。

(2) 原告總男は、被告千代田生命に対して、平成二年三月二八日、左の内容の生命保険契約の締結を申し込み(≪証拠省略≫)、同年五月一日、左の保険契約を締結した(以下「本件第三変額保険契約」という。)。

①保険の種類 変額保険 三年払込一〇年満期

商品名 キャピタル

② 契約者            原告總男

③ 被保険者           原告和敬

④ 死亡保険金受取人       原告總男

⑤ 満期保険金受取人       原告總男

⑥ 高度障害保険金受取人     原告和敬

⑦ 死亡保険金額 運用実績に応じた保険金額(ただし、金一億五〇〇〇万円を最低保証する。)

⑧ 保険料  一回分金三七〇一万二五〇〇円

合計金一億四七四万五三七五円

⑨ 保険証券番号  八五〇組〇〇〇二三七番

(3) 佐藤は被告東海銀行西荻窪支店の融資実績をあげるために、原告總男に対して、被告東海銀行から短期間の融資を受けて、被告東海銀行西荻窪支店の融資実績の向上に協力することを要請した。そこで、原告總男はこの要請を受けて、被告東海銀行から、平成二年三月三〇日に金二〇〇〇万円を、同年六月二九日に金五〇〇〇万円をそれぞれ借り受けて、同年四月二日に金二〇〇〇万円、同年七月二日に金五〇〇〇万円をそれぞれ返済した(≪証拠省略≫)。

(4) 平成二年一〇月一二日、原告總男は被告千代田生命に対して本件第三変額保険契約の解約請求を行い(≪証拠省略≫)、被告千代田生命から解約返戻金として金三〇六〇万一九〇九円を受領した。

(5) 原告總男は被告第一生命に対して、平成三年九月一八日ころ、本件第二変額保険契約に基づく解約返戻金の金額が金二億円を上回ったときには、同契約を解約する意向であること、そこで右契約に基づく解約返戻金の額が金二億円を上回ったときにその旨を原告總男に対して連絡することを要請した。そこで、下小瀬が原告總男に対して平成三年九月一八日、本件第二変額保険契約に基づく解約返戻金の金額が金二億円を超過して、金二億三六万四五一四円となった旨報告したところ、原告總男は翌年四月に相続税制の改正があるようなので様子を見たいとして解約を保留した(≪証拠省略≫)。

(6) 原告總男は本件第一変額保険契約に基づく契約者貸付制度に基づき、被告千代田生命に対して、平成五年二月一七日に金一四〇万円、同年三月八日に金二三〇万円、同年四月二二日に金三〇万円の合計金四〇〇万円の貸付けを申し込み、被告千代田生命から右のとおり、合計金四〇〇万円を借り受けた(≪証拠省略≫)。

(7) 被告第一生命は、平成五年三月三一日払込期間満了に伴い、そのころ、前納保険料残金五万三五四四円を原告に返還した(≪証拠省略≫)。

(8) 被告東海銀行は、原告總男が平成七年四月三〇日当時、原告總男と被告東海銀行との間の本件貸金契約に基づき、金六四四〇万五〇四六円の利息金債務を負担していると主張している。

(9) 被告東海銀行は、原告總男が平成七年四月三〇日当時、原告總男と被告東海銀行との間の本件貸金契約に基づき、金六三二三万三三八六円の利息金債務を負担していると主張している。

(10) 原告總男の被告千代田生命に対する本件第一生命保険契約に基づく解約返戻金は、平成七年二月二八日を基準日とすると、金一億六二六九万一九一〇円である(≪証拠省略≫)。

(11) 原告總男の被告第一生命に対する本件第二変額保険契約に基づく解約返戻金は、平成七年二月二八日を基準日とすると、金一億六六五三万四六六五円である(≪証拠省略≫)。

(12)① 被告千代田生命による平成二年一月一日から同年三月三一日までの間の変額保険による特別勘定の運用実績は、平成元年二月一日、同年三月一日、同年四月一日に変額保険契約を締結した場合につき、それぞれ年七・二七パーセント、年七・三四パーセント、年六・一三パーセントであった(≪証拠省略≫)。

② 被告第一生命による変額保険契約の特別勘定の運用実績は、平成二年三月末日当時、平成元年二月一日、三月一日、四月一日に契約締結の者につき、それぞれ年八・〇四パーセント、年七・七八パーセント、年六・四一パーセントであった(≪証拠省略≫)。

3  原告らの主張

(一) (主位的請求―債務不履行若しくは不法行為)

(1) 変額保険は、昭和六一年一〇月に発売の認められた保険商品であり、元来変額保険の仕組、内容も複雑で理解の容易でないことから、平成二年四月ころには、保険会社の運用として変額保険の保険料については特別勘定を設けて株式、国債等によって運用するものであること、特別勘定での運用利益によって変動保険金及び解約返戻金が変動し、そのため変動保険金及び解約返戻金についてはその金額が一定でないことが一般には知られていない状況にあった。そこで、一般消費者特に原告總男のごとき高齢者かつ変額保険のごとき金融商品につき知識のない者に対して変額保険契約の締結を勧誘する者としては、その勧誘の際に、変額保険の内容及び仕組、変額保険の保険料の運用が特別勘定により国債、株式への投資により行われていること、変額保険の場合には変動保険金及び解約返戻金の金額が一定ではなく、その最低額の保証がないこと、保険料の全額借入れは元金自体が多額となる上、借入金に対する利息をも借り入れると結局重利となり相当な高利になること、株価の変動によっては運用実績自体がマイナスになることもあること、運用実績がマイナスとならないまでも借入金の利息を下回るような場合には、変額保険契約を解約したときに、借入金より解約返戻金の方が低額となる状態(この状態がいわゆる「元本割れ」である。)が生じうること、したがって株式市況及び経済状況によっては変額保険が高いリスクを伴う生命保険であること、平成二年二月ないし三月当時株価が低落傾向にあったことから株式市場に低落の危険性があること等について十分に説明して、原告總男において変額保険契約を締結し、その保険料を一括して借り入れ、更に利息まで借り入れる契約を締結することのリスクが大きいこと、変額保険の運用の結果如何では、保険料支払のための借入金及びその利息を下回る保険金若しくは解約返戻金しか取得できないこと、その結果、相続財産を売却しなければ相続税の納税及び借入金の返済ができなくなることを十分に説明すべき信義則上の義務がある。

(2)① 平成二年二月ころ、被告東海銀行西荻窪支店支店長代理の職にあった佐藤は、そのころ原告總男が相続税節税対策に悩んでいるのを知って、「これからも地価が上昇するので何らかの対策を講じないと原告總男の死亡時には、相続人に多額の相続税が課され、不動産を売却せざるを得なくなります。この結果を回避するため、変額保険に加入し、保険料を一括して支払い、相続税対策を講じれば極めて有利です。この資金は当行で面倒を見ます。しかも、借入れに伴う利息分についても更に貸付けをいたしますので心配ありません。」と変額保険契約の締結及び保険料支払目的で被告東海銀行との間に金銭消費貸借契約を締結することを利用した相続税節税対策を勧誘した。その際、原告總男の死亡時に被告東海銀行として相続税全額を貸付けできないこともありうるとして変額保険に加入して相続税額の節税に努めること、ひいては本件各変額保険契約及び本件貸金契約を締結することを強要した。これに対して原告が保険料のための借入金についての利息の支払いに問題があると難色を示すと、佐藤は平成二年二月当時には変額保険の運用利益がどの保険会社でも減少傾向を示し、同年三月当時には、保険会社によってはマイナスの運用実績を記録した会社があり、本件各変額保険契約を締結した被告各保険会社についてはいずれも九パーセントの運用実績を挙げることができなかったにもかかわらず、このことを告げず、変額保険による運用利回りは最低でも年九パーセント得られることが確実であり、したがって借入金の利息の金額を上回って増加するため、利益の支払いは運用利益で賄うことができるので心配ないと述べ、原告總男の所有する不動産の時価を金一〇億円と算定した上でマンションの建築資金として借り受けた金三億三八〇〇万円を控除した残額である金六億円ないし金七億円を融資できる限界の目安として、保険の内容を独自に決定して原告總男に対して勧誘し、本件各変額保険契約及び本件貸金契約を締結させた。

② 佐藤の右勧誘は、銀行につき銀行業務以外の業務をなすことを制限している銀行法一二条に反し、生命保険の募集行為を行う資格のない者による募集を禁じた保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。)九条に反する他、原告總男に対して変額保険の運用利益に関して断定的判断を提供しかつ虚偽の事実及び合理的な根拠のない意見を述べた上に本件各変額保険契約の重要な要素となる事実について説明を怠ったものであり、前記の信義則上の説明義務を怠たり、かつ募取法一六条一項一号に該当する違法行為であって、保険勧誘行為として社会通念上許容される限度を越えた違法性を有するものといえ、原告らに対する不法行為を構成する。

③ 佐藤の右各行為は、原告總男において、変額保険に運用上のリスクが存在しないものと誤信することを認識しながらなされたものといえ、原告總男に対する詐欺による不法行為を構成する。

(3)① 平成二年二月、被告千代田生命の飯田は佐藤から原告總男の紹介を受けて、原告總男との間に本件第一変額保険契約の締結を行う際に、佐藤から依頼を受けた運用利回り九パーセント等の条件の下にシミュレーションを作成して佐藤若しくは原告總男に交付した他、佐藤から依頼を受けて変額保険に関して説明を行ったが、その際、被告千代田生命においては変額保険の特別勘定の運用利益が過去においては年一七パーセントにも上ったことがあり、最低年九パーセントで運用できる等と説明した。

しかし、右説明は過去の運用実績の一例を挙げてそれを根拠に将来の運用を保証し、断定的判断を提供するもので、保険募集行為に対する大蔵省の指導に反する違法行為であり、原告に対する不法行為を構成する。

② また、飯田は原告總男に対して変額保険が特別勘定の運用次第では運用利益がマイナスとなったり、原告總男が本件第一変額保険契約に基づく保険料債務を支払うために締結した本件貸金契約に基づく利息債務として支払うべき金額を下回るために原告總男に損失を生じる危険性があることを何ら説明しなかったが、これは募取法一六条一項一号所定の契約の重要事項の説明を怠ったもので、保険勧誘行為として社会通念上許容される範囲を逸脱し、前記信義則上の説明義務に反した行為として原告總男に対する不法行為を構成する。

③ 飯田は、佐藤、下小瀬と共謀して原告總男が変額保険の運用上のリスクについて誤信させようとしたか若しくは、飯田らの各行為により原告總男が変額保険の運用上のリスクを存在しないものと誤信することを認識しながらなされたものであり、原告總男に対する詐欺による不法行為を構成する。

(4)① 下小瀬は平成二年二月末、運用利回りを年九パーセントと設定した保障設計書を作成して佐藤に交付しながら、同年三月一五日、原告和敬に対して、同月一九日原告總男に対して、変額保険一般及び本件第二変額保険契約に関して説明した際にも、変額保険の運用利益がマイナスになることや本件貸金契約に基づく利息の利率を下回る利回りしか上げられないリスクがあるため運用利益によって右利息債務を支払えないことがある等の本件各契約の重要事項についての説明を怠ったので、募取法一六条一項一号違反の違法がある他、将来の運用成績について保障設計書のとおりの断定的判断を提供する等して保険勧誘行為に対する大蔵省の指導に違反した違法があり、保険勧誘行為として社会通念上許される範囲を逸脱し、前記の信義則上の説明義務に反したものであり、かかる下小瀬の行為は原告總男に対する不法行為を構成する。

② 下小瀬は、佐藤、飯田と共謀して、原告總男において変額保険の運用上のリスクについて誤信させようとしたものか、下小瀬らの右各行為により原告總男が変額保険に運用上のリスクがないものと誤信することを認識しながらなされたもので、原告總男に対する詐欺による不法行為を構成する。

(二)(予備的請求1―詐欺取消による本件貸金債務不存在確認・不当利得)

(1) 佐藤は原告總男に対して、本件各変額保険契約及び本件貸金契約の締結を勧誘するに際して、原告總男の右各契約の内容及び同各契約締結に伴う前記のリスクについて十分に説明すべきところ、故意にこれを怠り、変額保険及びこれに伴う借入れの危険性について十分な説明をなさなかった他、平成二年二月当時変額保険の運用実績が悪化しており、同年三月には運用実績がマイナスを記録した保険会社もあり、本件各変額保険契約を締結した保険会社の運用実績はいずれも年九パーセントを満たさない状況にあったにもかかわらず、このことを説明せず、本件各変額保険契約による特別勘定の運用利益が年利にして年九パーセントを上回ることから本件貸金契約に基づく利息の支払いを右運用利益により確実に支払うことができるものと虚偽の説明をした。

(2) 飯田、下小瀬らは原告總男に対して、本件各変額保険契約を勧誘するに際して、変額保険一般の内容並びに、飯田については本件第一変額保険契約の内容及び右契約締結に伴うリスクについて、下小瀬については本件第二変額保険契約の内容及び同契約締結に伴うリスクについて、十分な説明をすべきところ、故意にこれを怠り、変額保険の運用実績がマイナス若しくは借入金利を下回るなどの危険性について十分な説明をなさなかった他、平成二年二月ないし三月当時の変額保険の運用実績が悪化の傾向にあり、同年三月当時被告千代田生命及び被告第一生命の変額保険の運用実績がいずれも年九パーセントを下回っていたことを知りながら、これを告げず、本件各変額保険契約に基づく特別勘定による運用利益が年九パーセントを上回るので、本件貸金契約に基づく利息の支払いを右運用利益により確実に行うことができると説明した。

(3) 原告總男は、右の各説明により、本件各変額保険契約の特別勘定による運用利回りが、確定的に最低年九パーセント保証されているので、本件各契約の締結により原告總男においてリスクを負担することは全くなく、本件貸金契約に基づく利息金の支払いのために原告總男において払込保険料以上の新たな出捐をなす必要は絶対にないものと誤信して、被告らとの間に本件各契約を締結した。

(4) 原告總男は被告千代田生命及び被告第一生命に対し、平成五年一〇月一三日到達の本件訴状により、本件各変額保険契約をそれぞれ取り消す旨の意思表示を、被告東海銀行に対し、平成五年一〇月一四日到達の本件訴状により、本件貸金契約を取り消す旨の意思表示をした。

(5) したがって、原告總男の被告東海銀行との間の本件貸金契約に基づく貸金債務は存在せず、被告千代田生命及び被告第一生命は、原告總男が本件各変額保険契約に基づき支払った保険料相当額から解約返戻金相当額を控除した金額の不当利得返還債務を負担する。

(三)(予備的請求2―錯誤無効による債務不存在確認・不当利得)

(1) 原告總男は、本件各契約締結当時、変額保険の運用が特別勘定により株式等への投資によりなされるもので、その運用利益には年九パーセントの最低保証がないばかりかマイナスになることや借入金利が運用利益の利回りを上回る危険性があり、本件各変額保険契約を締結しても、所有する不動産を相続税納税に際して売却する必要が生じる危険性があるにもかかわらず、変額保険の運用が株式等に対する投資によってなされることを知らず、運用利益に年九パーセントの最低保証があり、運用利益の利回りがマイナスになったり、借入金利の利回りを下回るリスクがなく、本件各変額保険契約の締結により相続税を節税する効果が得られ、原告總男の相続人である原告和敬、原告近藤及び原告依田が相続税納税に際して原告總男が所有する不動産を売却する必要がなくなるものと誤信していた。

(2) 原告總男は被告らに対して、右各契約締結に際して、右各契約締結の結果、借入金利が運用利益を上回り、原告總男において保険料支払いのために被告東海銀行からの借入金の支払いを超えて出捐が必要となる危険性はなく、相続税を節税して原告總男の所有不動産を売却することなく原告和敬、原告近藤、原告依田が原告總男の相続税を納税できるようになるので、本件各変額保険契約を締結した上、同契約に基づく保険料支払のために本件貸金契約により借入れを行う旨述べた。

(3) したがって、被告千代田生命及び被告第一生命は、原告總男に対して、同人が本件各変額保険契約に基づいて支払った保険料相当額のうち解約返戻金相当額を控除した金額の不当利得返還債務を負担する。

(四)(予備的請求3―契約締結上の過失による解除・不当利益)

(1) (一)のとおり

(2) 被告らに右のとおりの説明義務違反行為があるので、原告は被告らの契約締結上の過失に基づいて、被告千代田生命及び被告第一生命に対しては、本件各変額保険契約を解除する旨の意思表示をした。

(3) したがって、被告千代田生命及び被告第一生命は、原告總男に対して、同人が本件各変額保険契約に基づいて支払った保険料相当額から解約返戻金相当額を控除した金額の原状回復義務を負担する。

4  被告らの主張

(一) 被告東海銀行の主張

(1)① 原告と佐藤とは、平成二年一月若しくは二月ころ、従前から相続税対策に頭を悩ませていた原告總男が、ある保険会社から相続税対策として変額保険に加入することを勧誘されたとして、佐藤に対して、変額保険に加入することによる相続税節税対策の有効性について、意見を求めたことにより、本件各変額保険契約に関して協議を開始した。

② 佐藤は原告總男に対して、変額保険に加入することによる相続税節税対策を積極的に勧誘したものではない他、佐藤が本件各契約の内容を一方的に決定したものではなく、佐藤が原告總男との協議により原告總男の承諾を得ながら本件各契約締結を決定した。

③ 佐藤は原告總男に対して、自ら変額保険及び変額保険について、株式等による運用の実績に応じて保険金などが変動する保険であり、銀行融資とセットにすることにより、銀行融資により多額の借財をつくって相続財産の相続税評価額を圧縮する一方、変額保険による保険金若しくは解約返戻金により相続税の納税を行うことにより、相続税納税のために相続不動産の処分を急ぐことによる不利益を免れうる等の利益を有する相続税節税対策となることを説明した他、被告保険会社の保険勧誘員である飯田及び下小瀬を紹介して、飯田及び下小瀬に原告總男に対するパンフレット若しくはシミュレーションの作成・交付を依頼した。

(2) 飯田及び下小瀬は、佐藤の右依頼を受けて、原告總男に対する右の変額保険一般などに関する説明の中で、変額保険の運用が特別勘定により株式・公社債等によってなされること、右の運用実績に応じて変額保険の変動保険金額若しくは解約返戻金の金額が変動すること、したがって変額保険の利回りが確定的なものではなく、変額保険による変動保険金若しくは解約返戻金などが運用実績によって変動するものであること、変額保険の運用実績には、運用利回りがマイナスの場合や本件貸金契約に基づく利息の利率を下回る場合があることなどを説明した。

(3) 原告總男は本件各契約締結に際して、変額保険の運用が特別勘定により株式等への投資によってなされるものであり、そのため変額保険の運用利益が確定利回りでないこと及び運用利回りが悪化した場合には運用利益が借入利息を下回る結果、本件貸金契約に基づく負債が本件各変額保険契約に基づく保険金若しくは解約返戻金を上回る危険性があることを認識していたが、本件各契約締結当時の日本経済及び株式市場の市況から本件各変額保険契約に基づく特別勘定の運用実績が借入金の利率を下回ることはないものと想定していた。

(4) したがって、佐藤の右説明により原告總男に対する不法行為は成立しない。

(二) 被告千代田生命の主張

(1) 飯田は、平成二年二月、原告總男に対して、本件第一変額保険契約及び変額保険一般に関して説明したが、その際、変額保険は株式等により運用されるので、運用実績には変動があり、運用実績に応じて解約返戻金若しくは変動保険金が変動するので、解約返戻金若しくは変動保険金の金額も良いときもあれば悪いときもあることを説明した他、佐藤からの指示に基づいて運用利回りを年九パーセントと想定して飯田自ら作成したシミュレーションを、年九パーセントの運用実績を前提に作成された旨を説明した上で原告總男に対して交付した。

(2) 飯田が原告總男に対して、平成二年二月、本件第一変額保険に関して説明した際に交付した本件第一変額保険契約に関するパンフレットには、変額保険においては一般の定額保険とは異なって、特別勘定により株式等に投資することにより保険料収入を運用しており、運用実績について年九パーセント、年四・五パーセント、年〇パーセントの三つの場合についての運用成績の予想例が記載されている他、右説明の際、飯田が原告總男に対して本件第一変額保険契約に関して、運用にはリスクがある旨を説明したこと、飯田が原告總男に対して同月二七日に交付した「契約のしおり―定款・約款」と題する小冊子にも右のパンフレットと同旨の記載がある。

(3) 飯田は(1)の説明の上で、原告總男から本件第一変額保険契約締結の意思表示を受けたので、身体検査を平成二年二月二七日と定めて、同日身体検査を実施した他、右契約の締結手続を行った。

(4) したがって、飯田において、変額保険の高利回りのみを強調して変額保険による運用のリスクにつき説明を怠ったことはなく、飯田のかかる説明により原告總男に対する不法行為は成立しない。

(三) 被告第一生命の主張

(1)① 下小瀬は、平成二年二月末ころ、予て顧客の紹介を依頼していた御簾納弘税理士(以下「御簾納税理士」という。)から、原告和敬を被保険者とする三年払一〇年満期有期型の死亡保険金額三億円の変額保険についての保障設計書の作成を依頼されたので、これを作成して御簾納に送付した。その後平成二年三月初めころ、御簾納から右保障設計書の内容により原告總男が本件第二変額保険契約を締結する意思がある旨の報告があったので、日程を調整して原告和敬の健康診査を同月一五日に設定し、同月一九日に原告總男との間において本件第二変額保険契約の締結手続を行った。

② 下小瀬は、右平成二年三月一九日、本件第二変額保険契約の締結に先立って、原告總男に対し、「ご契約のしおり・定款・約款」と題する小冊子及び保障設計書等を交付して、変額保険の運用方法、変額保険の保険金額等が運用実績に応じて変動し、その意味でリスクがあること、運用実績が年〇パーセント、年四・五パーセント、年九パーセントの各場合の解約返戻金について保障設計書記載の運用実績例表にしたがって説明を行い、運用実績が年〇パーセントのときは保険料相当額を下回る金額になること、本件第二変額保険契約のように被相続人を契約者、相続人を被保険者として、被相続人により契約を承継する場合には、払込済保険料の七割から保険金額の二パーセントにあたる金額を控除した金額を相続の対象である保険契約上の地位の評価額と定める相続税法上の恩典が与えられていること、更に本件第二変額保険契約の保険料の支払は三年払であるところ、保険料を前納すると一定の割引を受けることができる制度があること等を説明した。

③ したがって、下小瀬は原告總男に対して、本件第二変額保険契約の締結に関して何ら勧誘行為をしていない上、変額保険一般及び本件第二変額保険契約について、そのリスク及び相続税節税対策としての効果について十分に説明したもので、説明義務に違反していない。そして、佐藤、飯田との間においても、変額保険一般及び本件第二変額保険契約の説明に際して、何ら原告總男に対する説明に関して協議を行ったようなことはない。

(2) 本件第二変額保険契約の契約者が死亡した場合、同契約に基づく権利は相続により承継されるが、その場合右権利は相続税法上は、本件第二変額保険契約に基づく保険料の支払額の七割から同契約に基づく保険金額の二パーセントを控除した金額の価値を有する権利として評価されるので、具体的には、金二億九七八万六八五〇円(払込保険料金額)×〇・七-金三億円(死亡保険金額)×〇・〇二=一億四〇八五万七九五円と評価される。したがって、右払込保険料金額から右評価額を控除した差額である金六八九三万六〇五五円が課税対象から控除されるメリットが生じるので、借入金及び借入利息が解約返戻金を上回ったとしても、その差額が右の払込保険料と本件第二変額保険契約に基づく権利の評価額との差額の範囲に止まれば、それだけ節税効果を生じていることになる。

二  争点

1  被告らに原告主張の不法行為があったか。

2  本件各契約締結に際して、被告らの従業員らが原告總男を欺罔したか。

3  本件各契約締結に際して、原告總男に、要素の錯誤があったか。

三  争点に対する判断

1  争点1について

(一) 前記の争いのない事実など掲記の事実及び≪証拠省略≫、証人佐藤久人、飯田多佳子、下小瀬博の各証言、原告金子總男の本人尋問の結果によれば、

(1)① 原告總男が平成二年一月当時、資産不動産として東京都杉並区西荻南三丁目一八八番四、同一八八番五、同一八八番六、同一八八番七、同一八八番九、同一八八番二〇、同一八八番二一の土地及び同一八八番地四他所在のマンション及び居宅からなる本件不動産、他の不動産を所有しており、原告總男は原告總男の相続が発生した場合の、右各不動産等に課税される相続税について当時の地価高騰の情勢などから一〇年後には相続税が約金六億円から金七億円程度に達するものと予想して、相続税納税後の原告總男の相続人に残る財産について懸念していたこと、

② そのため、原告總男が平成元年中から佐藤と度々相続税対策について協議していたが、その際、原告總男は佐藤に対して、相続税の納税に関して、地価の高騰により税額が非常に高額になること及び相続税納税のため不動産を売却する際に売り急いで適正価格より低額で売却することを余儀なくされる損失を被ることについて懸念していることを洩らしていたこと、

③ 原告總男は、右協議の際、佐藤に対して被告東海銀行が原告總男の所有不動産を担保にして相続税の納税資金を原告和敬らに対して融資するよう依頼したが、佐藤としては将来の債務でもあり当時の時点では約束できないと答えたこと、

④ 佐藤は右の協議の参考資料として、原告總男の相続税額を試算したことがあったが、原告總男は路線価をもとに間口の広さや変化率などをも考慮に入れて、佐藤より精密な試算をしていたこと、

⑤ 原告總男は千代田三菱という自動車販売会社において長年経理事務を担当した上、経理担当重役をも務めた経歴の持ち主であったこと、

(2)① 佐藤と原告總男の間の右協議の中で、変額保険による相続税対策が話題となり、佐藤が原告總男に対して、当時日経マネーその他の経済誌等で得た知識から、変額保険の運用が株式等でなされることや当時一般的にいわれていた変額保険の相続税節税効果である、保険料を一括払するために借入れを起こすことにより資産価値が圧縮されることによる節税効果と保険金を納税資金に充てることができる効果を説明し、更に原告總男が懸念していた相続発生後に納税資金を捻出するために自己所有の不動産を急いで売却することから売却の条件を吟味できないことにより生じる損失の発生を、死亡保険金を納税資金に充てることができるので回避することができる効果をも説明したこと、

② 佐藤の右説明及びそれに基づく原告と佐藤との協議の中で原告總男が変額保険の加入に興味を示したので、佐藤が原告總男に対してこの変額保険の保険料払込みのために被告東海銀行が原告總男に保険金額の七割程度の融資を行う予定であり、当時の銀行金利が年七・九パーセント若しくは年七・四パーセントであるところ、被告東海銀行からの借入金についての利息も被告東海銀行から借入れることができ、被告東海銀行として原告總男に対して変額保険契約の保険料払込みのために融資できる金額について、被告東海銀行が当時本件不動産の担保価値を金一〇億円程度と評価しており、原告總男に被告東海銀行に対する前記の肩代わり貸付金三億三八〇〇万円等の残債があったことから、右の本件不動産の評価額から右の残債等の価額を控除した約金六億円から金七億円程度が原告總男に対して融資できる限度額であって、この融資の返済は本件不動産の一部を売却することによって行うことを説明したこと、

③ 佐藤は変額保険の運用利益がマイナスとなったりあるいは年〇パーセントになる危険性は認識していたものの、この当時までの経済誌に掲載されていた変額保険の運用実績表では、運用実績が年九パーセントを下回る保険会社がなく、したがってどの保険会社でも年九パーセントの運用実績を得られるものと判断して、変額保険に右のリスクがあるものの実際には運用利益が年九パーセントを超えて払込保険料支払のための借入金の利息の利率よりも相対的には保険の運用利益の利回りの方が勝るので借入金の利息は運用利益で賄えると予想し、原告總男が佐藤の前記説明に係る借入金金利の支払につき多少不安を抱いていたのに対して、変額保険の運用利益が払込保険料のための支払利息を上回るので右利息の支払について懸念をいらないと説明したところ、原告總男が納得したこと、

④ 右の際、佐藤は運用利回りについて具体的な数字としては年九パーセントの場合のみ説明し、運用実績が年〇パーセントの場合や年四・五パーセントの場合があることについては具体的に数字を挙げた上での説明をしなかったこと、

⑤ 右の協議の結果、佐藤と原告總男は、平成元年一月後半ころ、原告總男の相続税額が将来的に前記のように総額約金六億円から金七億円程度になるものと予測していたので、相続税納税資金を捻出するために、保険金総額で右の相続税相当額である金六億円を得られるように変額保険契約を締結することを決定したこと、

(3)① そこで、佐藤は、被告東海銀行西荻窪支店勤務の以前に勤務していた被告東海銀行我孫子支店の当時の支店長の関係で知っていた被告千代田生命京橋法人支社第一集団営業所勤務の飯田に対して、平成二年二月初旬ころ、保険に入りたい者がいるので説明してほしい旨依頼し、飯田が被告千代田生命が当時扱っていた保険商品「ファースト」について説明する準備をして被告東海銀行西荻窪支店に佐藤を訪問したところ、佐藤が相続税対策として金六億円の保険金が得られる変額保険契約を締結したい旨申し入れ、飯田が、一社当たり一被保険者についての生命保険契約に基づく保険金額としては金三億円の制限がある旨説明したので、佐藤は被告千代田生命との間においては保険金額として金三億円の変額保険に加入することとし、他の保険会社との間において別途変額保険に加入することを考案したこと、

② 佐藤は飯田に対し、保険加入者につき大正五年一月二〇日生まれの男性、契約目的につき相続税対策として保険金として金三億円の変額保険契約の締結を希望していること及び保険加入者の相続財産の評価額を説明して、保障設計書の作成を依頼したが、その際、飯田との間の変額保険の運用実績に関する協議の内容及び当時経済誌に掲載されていた変額保険の保険各社の運用実績並びに当時の株式市況等の状況からその後も変額保険の運用実績としては大体年九パーセント程度の運用利益が見込めると判断し、運用利回りを年九パーセントとした保障設計書の作成を要請したこと、

③ 佐藤は飯田との右協議を受けて、原告總男との間において変額保険に関して協議し、その結果、被告千代田生命との間においては保険金三億円の変額保険に加入するとともに、他に一社別に保険金三億円の変額保険に加入することに決定したこと、

(4)① その後、飯田が平成二年二月中旬、原告總男に対して、佐藤の前記の依頼を受けて作成した運用利回りを年九パーセントとしたシミュレーション及び本件第一変額保険契約に関するパンフレットを交付して、変額保険一般について説明し、その際、飯田が変額保険は株式投資により運用利益を生み出す保険であるので、良いときもあれば悪いときもあり、その利回りは確定的ではないこと、過去の運用実績として利回りがいいときがあり年一七パーセントの成績を上げたことがあること、基本保険金は最低保証があること、変額保険契約の前に身体検査が必要であり、身体検査の結果如何では契約を締結できない場合もありうることを説明したが、運用利回りを年四・五パーセント、年〇パーセントとした場合のシミュレーション等が掲載されたパンフレット、または解約返戻金については説明しなかったこと、

② 原告總男は、飯田の右説明に対し、身体検査を平成二年二月二七日に受ける旨申し出て、同日飯田及び佐藤並びに被告千代田生命の医師が原告總男方を訪問して、原告總男の身体検査を行い、その際、原告總男が本件第一変額保険契約の契約書に署名捺印し、この際、飯田が原告總男に対して「ご契約のしおり―定款・約款」と題する、変額保険が保険金額等が特別勘定の運用実績により変動する保険であり、特別勘定が株式若しくは公社債により運用されていること、運用実績が年九パーセント、年四・五パーセント、年〇パーセントの各場合の解約返戻金、保険金額についての例表、それぞれの運用実績が仮定であることなどが記載されている小冊子(≪証拠省略≫)を交付したところ、その後身体検査後一か月を経過しても保険料の払込みがなく、告知有効期限を経過して、保険契約締結のために再告知が必要となり、原告總男が同年三月三〇日、再告知を行い、右同日保険料が被告東海銀行から払い込まれたこと、

③ 右の際、佐藤は被告千代田生命及び被告第一生命の本件各変額保険契約締結当時の実際の運用実績については調べなかったため、佐藤は、平成元年一二月契約の変額保険の運用実績は平成二年二月ころマイナスの運用であったことを知らなかったこと、

(5)① 飯田との前記の協議後、原告總男と佐藤は残り金三億円の相続税納税資金を得るために、別の変額保険契約を締結することを決め、平成二年二月中旬から下旬にかけて、佐藤が当時経済誌に掲載されていた記事から被保険者を被相続人とする生命保険が相続税法上の相続財産として払込保険料と同額の資産として扱われるのに対し、被保険者を相続人とする生命保険に基づく権利が相続税法上払込保険料の七割から保険金の二パーセントを控除したものと同価値の資産として評価されることになるので課税資産を一層圧縮する効果があることを知り、その旨原告總男に説明して別の変額保険契約の際には被保険者を原告和敬とすることを提案し、佐藤と原告總男において協議した結果、原告總男は佐藤の右説明から原告和敬が被保険者となることにより受けるメリットを理解した上で、平成二年二月中旬若しくは下旬に被保険者を相続人である原告和敬とする変額保険契約を締結することを決定したこと、

② また、佐藤は変額保険には死亡保障期間につき終身保障の保険と一定期間保障する保険あるいは有期型といわれるものがあり、有期型の変額保険契約を締結した上で保険料を前納すれば、払込み保険料が割引減額されることから、一層の節税を図ることができるとの知識を有しており、この点に関して原告總男と協議して、その結果佐藤提案の方式の変額保険契約を締結することを合意したこと、

③ そこで、佐藤が被告東海銀行の取引先の顧問税理士をしていた御簾納税理士に変額保険の加入を相談できる勧誘員の紹介を依頼した上、右の内容の変額保険契約を締結することを説明したところ、御簾納が被告第一生命武蔵野支社吉祥寺支社外務員であった下小瀬から予て保険加入希望者紹介の依頼を受けていたので、佐藤の右依頼を受けて平成二年二月末ころ、昭和三三年七月二八日生まれの男性を被保険者として三年払済一〇年満期有期型、保険金額を金三億円とする変額保険に加入した場合の保障設計書を作成してほしい旨を依頼し、下小瀬が右の条件の下保障設計書をコンピュータで作成して御簾納に対し送付したこと、

④ 平成二年三月はじめ、御簾納が下小瀬に対して、右のとおり御簾納が同年二月末ころ設計依頼をして下小瀬が作成した保障設計書の内容で、原告總男が被保険者をその息子である原告和敬として変額保険に加入することになったとして、正式な書類の準備を依頼したので、下小瀬は佐藤に対して健康診査の日取り等の打ち合せを依頼したところ、診査の日程が平成二年三月一五日と決定され、原告和敬が、同日、被告第一生命新宿医務室において被保険者として医師による診査を受けて、告知書を作成するとともに、生命保険契約申込書の被保険者欄に署名捺印したこと、

⑤ 下小瀬は同月一九日、被告東海銀行西荻窪支店において、佐藤及び原告總男に会った際、原告總男に対して「ご契約のしおり・定款・約款」と題する小冊子(≪証拠省略≫)及び保障設計書(≪証拠省略≫)を交付した上、これに基づいて、変額保険が、特別勘定を設けて円ドル等の現預金、日本の株式、公社債、外国株式、外国公社債等を運用して、売り買いを行い売買益をあげ、この売買益の多寡が解約返戻金若しくは満期保険金の額を左右すること、したがって死亡保険金にある最低保障が満期保険金及び解約返戻金にはないこと、そのため特別勘定の運用次第で大きな楽しみがあるが、その反面リスクがあり、保障設計書記載の運用実績例表(≪証拠省略≫)に即して本件第二変額保険契約の運用実績が年九パーセント、年四・五パーセント、年〇パーセントの各場合の解約返戻金の変動と借受元利金の変動の情勢について説明したこと、

⑥ 下小瀬は更に原告總男に対して、契約者が被相続人の原告總男、被保険者が相続人の原告和敬というタイプの変額保険では原告總男が死亡した場合、被保険者が死亡したわけではないので、保険金は支払われず、保険契約が相続人に承継されるだけであり、この場合原告總男の払込保険料が一時払の場合にはその保険料の額がそのまま相続税の対象額となるものの三年払済一〇年満期の場合には保険料の七〇パーセントから保険金額の二パーセントを控除した金額が相続税の課税評価額となるので相続税評価額が一時払の変額保険に比して低い金額となること、加えて、保険料を三年間に分けて支払うより三年分前払した方が保険料自体低額になることを説明したところ、原告總男から変額保険の内容については特に質問はなかったが、特別勘定で運用するファンドを構成する契約加入者について質問があったので、下小瀬はファンドは毎月毎月の契約加入者により構成されると回答し、これに対して原告總男が、平成元年一二月に加入したグループよりも本件第二変額保険契約に基づく運用実績の方が期待できることを下小瀬に対して確認したので、下小瀬が原告總男が株価が安いときに変額保険に加入した方が運用に期待がもてることを理解しているものと判断したこと、

⑦ この際原告總男が下小瀬に対して、原告和敬に対して財産を相続させる意思であること、一人に相続させることから相続税率上は不利であること、自己の健康に自信がなく一〇年位で保険事故が発生するのではないかと思うこと、課税評価が短期に下がる保険を考えていること、そして三年払済一〇年満期の本件第二変額保険契約は短期の評価減の効果を有するので右の目的に沿う保険であることを述べたこと、

(6) 平成二年三月二二日当時、原告總男が被告東海銀行に対して本件当座貸越契約に基づく債務等の担保に本件不動産を提供しており、被告東海銀行が本件不動産の時価を当時約金一〇億円余り、担保価値を金八億二六〇〇万円余りの物件であると評価していたこと、原告總男が平成元年四月に被告東海銀行から融資を受けた金三億三八〇〇万円の債務については、原告總男が融資以降毎月の原告總男所有の前記西荻南所在のマンションの賃料収入で返済して、平成二年三月二二日ころには、残債が約金三億三三七五万二〇〇〇円となっていたこと、本件不動産を担保とする債務として他に原告和敬の被告東海銀行に対する約金三八九九万三〇〇〇円の債務が残っていたこと、そこで、被告東海銀行は、本件不動産の担保余力を本件不動産の時価から原告總男と原告和敬の右の残債の価額を控除した金六億六〇三四万円余りと評価しており、また本件不動産が公示価ベースで金一九億九五三一万円余りと評価されていたこと等を考慮して、原告總男との間において極度額七億円の前記根抵当権設定契約を締結したこと、

(7) 原告總男は、本件当座貸越契約の与信枠に残余があったので、被告千代田生命との間において、前記本件第三変額保険契約を締結する旨決意し、保険内容については佐藤との協議によって決定して、平成二年三月二八日、本件第三変額保険契約を締結する旨申し込み、その後時間の経過とともに損失が増加するものと判断したので、同年一〇月一二日、右契約を解約したこと、

(8) 原告總男は、平成二年七月ころ、被告東海銀行から本件当座貸越契約に基づく融資を受けて、千葉県我孫子市若しくは天王台所在の不動産を購入し、同年一〇月一二日、本件第三変額保険契約を解約したが、そのいずれの際にも、佐藤に対して本件各契約に関して、特段の苦情を申し立てなかったこと、

(9) 原告總男は、本件各契約締結後、被告千代田生命及び被告第一生命に対して、何度も、本件各変額保険契約の実際の運用実績若しくは今後の運用の見通しについて問い合せたり、若しくは運用実績が向上しないことに関して苦情を申し立てたが、本件提訴に及ぶまで、飯田、下小瀬の説明により欺罔されたとか、変額保険という商品自体を誤解していたとか、本件各契約に対する説明が不十分であった等とは述べたことがなく、却って本件各変額保険契約に基づく契約者貸付制度に基づいて貸付を数次にわたって受けたこと、

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

(二) ところで、原告らは、前記のように、佐藤、飯田、下小瀬が本件各契約締結に際して、原告總男に対して、変額保険の運用が株式などによりなされるものであり、運用実績によって変動保険金若しくは解約返戻金が変動するものであって、変額保険には運用上のリスクがあること及び本件各変額保険契約及び本件貸金契約の内容並びに本件各契約による相続税節税効果について説明しなかったこと、原告總男が本件各契約締結に際して、変額保険の運用が株式でなされていることを知らず、運用実績について年九パーセントの最低保証があり、それゆえ運用上のリスクはないものと信じており、解約返戻金の金額が保険料を下回る危険性があるとは認識しておらず、本件各変額保険契約による運用実績次第では運用利益によって本件貸金契約に基づく利息の支払を賄いきれず、原告らにおいて取得できる解約返戻金以上に借入金の返済をしなければならないことを知らなかったこと、原告總男が佐藤及び被告らを信用して本件各契約を締結した旨を主張し、原告本人尋問の結果及び≪証拠省略≫の各陳述書を援用する。

(1) 確かに、≪証拠省略≫及び原告本人尋問の結果によれば、原告總男が所有不動産を相続人に残すための相続税の支払に悩んでいるのを知って、佐藤が原告總男に変額保険を積極的に勧誘したこと、佐藤及び飯田並びに下小瀬が本件各契約締結の勧誘・説明の際に、変額保険の運用が株式などへの投資によってなされること、したがって運用実績には変動があること、運用実績と変動保険金若しくは解約返戻金の金額が連動していること、それゆえ変額保険には運用上のリスクがあり運用がマイナスになることがありうること、変額保険が相続税対策になる理由若しくは被保険者を原告和敬とする変額保険契約を締結することのメリットがどこにあるのか等を説明しなかったこと、そのため原告總男がこれらの事情を認識若しくは理解していなかったこと、却って、佐藤らが原告總男に対して、変額保険の運用利回りが年九パーセントであることを強調したこと、被告らの社会的地位の高さ及び被告東海銀行西荻窪支店支店長代理の地位にある佐藤を信用したことから、原告總男は変額保険の運用利益が年九パーセントと保証されており、そのため借入金の利息の支払が運用利益によりなしうると信じたこと、本件各変額保険契約及び本件貸金契約の内容については佐藤が一方的に決定し、原告總男及び原告和敬は右各契約の内容も良く分らなかったが、佐藤を信じて契約申込書等に署名・捺印したこと、下小瀬は運用利回りが年九パーセントの場合についてのみ説明し、それ以外の場合については説明しなかったこと、本件第二変額保険契約のごとき被保険者が相続人である変額保険契約については、原告總男に保険事故が発生した場合には相続人が保険契約上の地位を承継することになり、相続人の判断によって解約返戻金の請求あるいは更新請求をすることができる旨の説明があっただけであること、本件第三変額保険契約についても佐藤が勧誘したこと、原告總男としては所有不動産を相続人に相続させる目的で変額保険契約を締結したものであって、右不動産の売却を余儀なくされるのであれば、本件各変額保険契約及び本件貸金契約の締結を考えなかったこと、原告總男に本件各変額保険契約により利益を取得する目的はなかったこと、原告總男としては本件各変額保険契約に基づく保険金若しくは解約返戻金による相続税を納税及び本件貸金契約に基づく借入金債務の返済を行い、返済できない借入金債務については被告東海銀行から借り入れる予定であったものの、その金額については検討しなかったこと、返済の引当てとして本件不動産からの賃料収入及び原告和敬の診療収入を想定していたとの各記載及び各供述がある。

(2) しかしながら、原告總男の本人尋問若しくは陳述書における供述及び記載には、原告總男が本件各変額保険契約により取得する保険金などのうち相続税納税に充てるべき金額若しくは相続税納税に充てることのできる金額、借入金返済金として新たにいくらの借入を起こす必要があるか、本件貸金契約に基づく貸金債務の支払いのための借入金債務の返済方法について何ら検討していず、しかもその引当てとなる原告和敬の診療収入について知らないままに本件各契約を締結したという部分があるところ、かかる態度は前記認定のとおり長年経理事務を担当し経理担当重役をも務め、現在尚本件不動産の賃貸業を営むなど経済に通じており、不動産賃貸業の所得の申告に際して自ら申告内容を作成し税理士の検査を経た上で税務署に申告し、しかも平成元年中から佐藤との協議を通じて相続税節税対策を研究し、自己の相続税に関して本件不動産などの路線価を下に変化率などを考慮した詳密な算定を行っていた原告總男の態度としては極めて不可解かつ不自然であること、また同人の本人尋問における供述には、平成二年六月ころ、変額保険が株式により運用されており、保険金などに運用実績に応じた変動が生じうることが初めて分ったと一旦供述しながら、すぐに同時期を変額保険が株式で運用されることが分った時期であると供述を変更した上、運用実績に変動が生じることを理解した時期について供述を避けたり、飯田から交付された前記の「ご契約のしおり―定款・約款」と題する小冊子(≪証拠省略≫)を飯田から読むように言われたが、契約してしまったから読んでもしようがないという気持ちで読まず、同様に本件第二変額保険契約の運用実績を年四・五パーセントと仮定した場合の解約返戻金の例表が掲載されており、加えて解約返戻金の金額が運用実績に応じて右の例表の記載から変動しうることが記載されている≪証拠省略≫の保険証券も保険金額が金三億円であることを確認しただけでそれ以上は読んでも仕方がないと思って読まなかったし、本件第二変額保険契約についての「ご契約のしおり―定款・約款」(≪証拠省略≫)については本件第二変額保険契約申込みの際に実際には交付されなかったものの、下小瀬から後で送付するので受領印を押捺するようにと言われたので、生命保険契約申込書(≪証拠省略≫)の「ご契約のしおり―定款・約款の契約者受領印欄」に押捺し、その後も右小冊子は送付されなかったものの、原告總男から請求せず、ただ後に被告第一生命以外の保険会社から入手したと述べる一方で、変額保険に加入した後に、借入金額が余りにも大きいことから不安になり、変額保険について調査するようになり、本件各変額保険契約締結後、変額保険の相続税節税効果及び税金関係の相談のため、武蔵野税務署等に赴いて、変額保険の相続税節税効果について調査して、その調査結果を≪証拠省略≫の保障設計書に記載した等の供述をする部分があるが、右供述は全体としてみると、本件各変額保険契約後に原告總男が変額保険に関して調査したか否かにつき相矛盾している内容である上、変額保険について調査する上で現に所持しているか若しくは入手の容易な文書により調査をせず、税務署あるいは他の保険会社から情報を入手するというものであり、それ自体不自然若しくは不合理な態度を示すものであって、かつその不自然な点について一方ではよく変額保険について理解しないままに契約を締結したので勉強しようと思ったと述べ、他方で契約を締結してしまったので今更どうしようもないので何も読まなかったと述べるのであり、かかる変化について何ら合理的な納得のいく説明がなく、しかも原告總男において本件各契約締結後に本件各変額保険契約の運用上のリスクについて気付いたのであれば、通常人であれば非常な驚愕を覚えたことを深く記憶していると推測されるのに、変額保険に運用上のリスクがあることを理解した時期について一貫しない供述をするものであり、加えて原告總男が前記認定の書込みをした≪証拠省略≫は≪証拠省略≫として、≪証拠省略≫として一括して被告東海銀行の本件当座貸越契約及び本件貸金契約締結の際の融資検討資料として用いられたものであり、したがって、≪証拠省略≫の書込みは原告總男が本件各契約締結前に記載したものと認められることに照せば、原告總男の右各記載及び供述に容易く信を措くことはできない。

以上の次第で、原告ら援用の各証拠は前記(一)の各認定を左右するに足りるものではないというべきである。

(三) ところで、取引の性質として本来的に投資上のリスクを備えている金融取引の当事者となろうとする者は、原則として、当該金融取引に伴って生じるリスクについて自己の負担において処理すべき責任を負担すると解される。

ただ、右のような金融取引契約に関して、一方の当事者が、相手方当事者から契約締結目的の開示を受けた上で特定の契約を右目的に資するものであるとしてその締結を勧誘し、当該契約を締結するための交渉を行ってその結果として当該契約を締結するに至った場合であって、当該契約による契約目的の達成が当該契約の性質上不確実な場合には、当該契約の締結を勧誘する当事者において、相手方当事者に右の不確実性を認識させて契約目的達成の可能性に関して合理的な判断をなしうるように配慮すべき義務を負担しているものと解される。したがって、被告らのごとき金融商品取引について知識・経験の豊富な金融機関が、商品の性質上大きいリスクが包蔵されている金融商品取引についての知識及び経験に乏しく、そのため右金融商品取引を行う上でのリスクに対する判断能力に乏しい一般消費者的地位にある者が相続税節税対策に悩んでいる場合に、変額保険及び同契約締結のための貸金契約を締結することが相続税節税効果を有するものであるとして右各契約の締結を勧誘する場合には、右各契約に伴う投資上のリスクに関する情報、すなわち、当該変額保険契約の内容、変額保険による運用実績には変動があり、実際の変額保険の運用利回りが貸金債務の利率を上回る場合は問題ないが、変額保険の運用利回りが貸金債務の利率を下回ることがありえ、その場合には、相続税節税効果が減じうるという変額保険の運用上のリスク及び相続税節税効果について開示して、右の勧誘を受ける者において投資上のリスクを考慮した上で相続税節税効果を実現しうるかにつき自己責任に基づく経済的に合理的な判断をなしうるよう説明すべき義務を負うものと解すべきである。

この点、前記争いのない事実など掲記の及び前記(一)認定にかかる事情若しくは事実によれば、本件は、佐藤と原告總男の協議により本件各契約の締結に至ったという事案であり、佐藤から原告總男に対して一方的かつ強力な勧誘がなされたような経緯は認められず、加えて、佐藤、飯田等の被告らの担当者が原告總男に対して、変額保険が特別勘定による株式などによって運用されていること、その運用実績には変動があり、その変動に応じて変動保険金若しくは解約返戻金が変動するので、変額保険には運用上のリスクがあることについて説明した他、同旨の記載のある本件各変額保険契約に関するパンフレット等を交付したものであり、佐藤において変額保険の運用の見通しについて結果において誤った説明をなし、佐藤らにおいて本件各契約締結当時の被告各保険会社における変額保険の運用実績状況等についてまでは説明していないものの、原告總男が高齢ではあるが従前経理担当重役や経理事務を長年担当していた経歴を有し、変額保険の内容に関する理解力を有しており、本件各契約締結当時において一般的な経済誌に変額保険及びその運用に関する記事が多数掲載されており、そのような経済誌にも変額保険のリスクに関する記載があったことを考慮すれば、佐藤らの説明により、被告らは原告總男が自己責任に基づく合理的判断を行う上で必要な情報を提供し、原告總男においても変額保険の運用上のリスクについて理解しながら、運用の見通しを誤ったものであると認めることができ、これらの事実によれば、佐藤、飯田等の被告らの各担当者において、将来の運用などにつき断定的判断を提供したとか、本件各変額保険契約の重要な事項に関して説明を怠ったり、過去の運用実績を挙げて将来の運用を保証する説明をしたものと認めることはできず、被告らの各担当者に募取法及び大蔵省の保険勧誘行為に対する指導並びに銀行法に対する違反行為があるとはいえない他、前記の説明義務違反を認めることはできないので、被告らの説明行為により原告ら主張の不法行為が成立するものとはいえない。

2  争点2について

前記の争いのない事実など掲記の事実及び前記認定にかかる事実によれば、佐藤、飯田、下小瀬らが、本件各契約締結に際して、原告總男に対し本件各契約締結当時の変額保険の運用実績が年約六ないし七パーセント程度の利回りであったことにつき説明を怠ったことが認められるが、佐藤、飯田、下小瀬らの説明及び説明の際に原告總男に交付した資料の記載によれば、原告總男において、実際に右の運用実績となりうること、そして変額保険及び本件各契約の運用上のリスクについて理解しうる説明をなしたものと認めることができ、原告總男らに対し、本件各変額保険契約及び本件貸金契約の締結に伴うリスク等を故意に隠蔽して、その存在及び内容を誤信させて、本件各契約を締結させたとは認められない。したがって、佐藤らの本件各契約締結に際しての説明行為が原告總男に対する欺罔にあたるとは認められない。

3  争点3について

前記の争いのない事実など掲記の事実及び前記認定にかかる事実によっても、原告總男が本件各契約締結に際して、本件各契約が有するリスク及び本件各契約締結により相続税節税効果が生じるかについて誤信していたと認めるには足りない。したがって、原告に本件各契約締結の際に要素の錯誤があったものとは認められない。

4  よって、その余の事実を判断するまでもなく、原告らの主張は理由がない。

二  結論

以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 星野雅紀 裁判官 金子順一 吉井隆平)

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